ホーム

西欧甲冑と日本甲冑

甲冑デジタルイラスト

京都市の姉妹都市であるフランスのパリと京都市の位置を地図で近づけてみると、パリは樺太近くに位置し、京都市は北アフリカに近く・・・と、北緯の位置がずいぶん異なることわかります。

これほどの北緯の差があると、当然ながら気候も異なり、京都市に比べるとパリの気温は通年を通じて低く、気温差の変化も乏しいことに比べ、京都は高温で寒暖の差も大きく、年間の降水量はパリの約3倍にも達します。

こうした風土の違いは、衣食住を始めとする文化の違いとなり、フランスを始めとする低温乾燥の西欧の国々では、麦を栽培してパンを焼き、家畜を放牧した肉食が中心の食文化が育まれてきました。

また、大きな木が育たないので、石造建築物が発達し、武具である甲冑は、暑さや湿度に配慮する必要が無いところから、打ち出した鉄板で隙間なく全身を覆うプレートアーマーと呼ばれる甲冑が主流となってきました。

一方、高温多雨で温度差が大きい日本では、稲作と米飯が中心の食文化が定着しましたが、同じ農地の面積で米は麦の3倍以上の収穫量が得られる優れた作物で、麦しか育たない西欧では、この差を放牧と肉食で補ってきたのです。

また、大きく育つ木と土と紙が建築物の主材となってきたのも高温多湿の日本の特徴です。

なお、身を守る武具については、高温多湿に対処できる通気性が求めれられ、通風と防御性を兼ね備えた板をつないだ構造の甲冑が考えられました。

さらに、防腐や防錆、造形等の多くの役割をもつ漆が、日本のような多湿のなかで硬化することに着目して甲冑の塗装に取り入れ、高温多湿で育つ桑を活かして蚕を飼い、美しい光沢と強度の高ある絹を織って甲冑を編んできました。

そして、気温の変化の大きい風土で養われた日本独特の繊細な感性が加わり、漆の美しい光沢と深みのある絹の彩の華麗な日本甲冑がつくられたのです。

なお、兜の頂部の「八幡座」と呼ばれる装飾に空いている穴は、頭の蒸れを緩和するためであり、武士が額の上を剃った月代(さかやき)は、兜をかぶったときの頭の蒸れを緩和する習慣が大衆にひろがったものです。

ところで、西欧や日本などで展開された戦さの方法や甲冑の特性などの思考は近代まで根強く残り、参加国の個性が大きく作用した2次世界大戦の戦闘機の仕様や構造等に少なからぬ影響を与えました。

甲冑デジタルイラスト

山や丘陵の多い日本の戦国時代の主な戦さは、山城などを「攻め」て、近接で戦う「格闘戦」が多くを占め、使用される甲冑は、日本特有の優雅で繊細な造作でした。

こうした戦さや甲冑の特性を受け継いで設計されたのが零式艦上戦闘機(通称「零戦」)でした。

零戦は「攻める」ための大口径の機関砲を装備し、「格闘戦」で優位に立てる軽量で小型の胴に大面積の大きな翼を備え、その外観は、日本甲冑に通ずる繊細で優雅な姿でした。

甲冑デジタルイラスト

一方、アーマープレートで身を包んだナイト(騎士)が馬に跨り、広い平原で大きな剣と盾を持って正面からぶつかりあう「一撃離脱」が伝統的な戦さであった西欧では、戦闘機の設計も「高速での一撃離脱戦」に重きが置かれました。

そして、前述のフランスに隣接し、日本の同盟国であったドイツの代表的な戦闘機のメーサーシュミットBf109Eはその典型で、空気抵抗の少ない縦長液冷エンジンを搭載したスリムな胴体に小さな翼を備え、敵機に高速で急迫して一撃を加え、速やかに離脱する戦さを展開しました。

また、無駄を削ぎ落とした直線で構成された機能優先の機体は、スリムな西洋甲冑に共通するところです。

甲冑デジタルイラスト

イラストは、日本とドイツの戦闘機を重ね比較したもので、格闘戦を主とするため、短い胴に大きな翼を備えた優雅なデザインに設計された零戦と、高速での一撃離脱戦を主とし、機体が左右の振れることのない長い胴に小さな翼を備えた結果、スリムな機体となったメーサーシュミットBf109Eの対比がわかります。

今日も技術力の高さで知られる日本とドイツですが「職人の日本」「技術屋のドイツ」と形容されるのは、各々の国の風土で育まれた国民性が背景にあったからです。

甲冑デジタルイラスト

一方、建国から第2次世界大戦までの年月がわずか160年であったアメリカの戦さに対する考えの底流にあったのは「片手に十字架 片手に銃」で、先住民であるインデアンの殺戮を繰り返し、侵奪した土地に牛を飼いながら移動する「カウボーイ」でした。

こうしたアメリカが戦場に送り出した戦闘機は、インデアンから奪った土地からの豊富な資源を背景にした「猛牛」であり、グラマンF6Fヘルキャットがその代表で、格闘戦や一撃離脱などの「技」にとらわれることなく、「力」で敵を圧倒することを主眼としていました。

零戦の倍近い出力の2000馬力級のエンジンで、重厚な装甲を施された大きく無骨な機体を引き回したグラマンF6Fヘルキャットは、アメリカの「力」を象徴する戦闘機でした。

甲冑デジタルイラスト

イラストは、零戦とグラマンF6Fヘルキャットを重ねたもので、ヘルキャットの大きさがよくわかります。

「攻め」と「格闘戦」の重きを置いた小型で軽量な零戦には防弾装備がほとんど施されず、わずかな被弾で火を吹き、また繊細なデザインのために生産性が低かった一方、強力なエンジンを搭載した余裕ある大きな機体の「力」のグラマンF6Fヘルキャットは防弾が充実し、無骨ゆえに生産性が高く、戦場での保守点検にも優れており、こうしたアメリカの「力」と「物量」の前に、日本は徐々に劣勢に追い込まれていきました。

アメリカの圧倒的な「力」と「物量」に押された日本の「優雅と繊細」は向かう術無く敗戦に至り、その後の日本は「カウボーイ」を英雄視する価値観を下敷きに、グローバリズムの流れと言いながら、実際はアメリカの価値観に類似した「力」と「物量」による「弱肉強食のビジネス」が優先される社会へと移行してきました。

でも、日本の風土に根ざした「優雅さや繊細さ」「やさしさ」は、いまなお、日本の人々の心の底に息づいており、意図せぬ価値観の推移とのギャップが人々に不安を感じさせ、いらだちを覚えさせているような気がします。

甲冑は武具です。人を殺める戦さの道具です。しかし、日本甲冑の「優雅さや繊細さ」にある日本の風土と、この風土で培われてきた文化に目をやると、私たちが忘れたもの、また、不安やいらだちを和らげることのできるものがあるような気がします。